交流機の古豪 ED71 No2



82,09,05 黒田原 5173レ    


 76年に越河を訪れた際には風前の灯火に見えたED71だが意外に延命して82年時点でも
数両が稼動していた。すでに貨物削減のための余剰から秋田機関区から福島機関区へ大量
のED75700代が転入はしていたものの、転入したED75700代を休車としてED71を全検回
帰目いっぱいまで使うための処置だったと思われる。
 この当時黒田原の鉄橋の東側の山は伐採されていて見通しが効いて撮影に適していた。午
前中だけの撮影だったがボンネット特急やED75”津軽”等を撮影してる。
 この当時はやっと自動車を所有出来て鉄ちゃんの行動範囲が飛躍的に伸びているが、高速
道路整備がまだ未熟で、黒田原の様に早朝着が必要な撮影地意外はまだまだ列車での撮影
が主体であった。


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